私の上司は動物です
こんにちは、ひまわりです。
私は接客業をしていますが、お客さんと話すのは基本楽しいなと感じます。もちろん相手にもよりますが、いろんな人と話して様々な人生を知ることは素直に面白いです。それに、接客を通して喜んでもらえるとなんだか嬉しいです。
仕事で唯一苦痛を感じる相手は気分屋の上司。怒りの沸点が低いのか、キャパが狭いのか、怒りをあらわにしている状況に立ち合うとげんなりします。
ところが、ひろゆきさん(私がよく観るYouTubeチャンネルのお一人)は怒ってる人を見るのが楽しいらしいのです。なかなか怒ってる人を見る機会ってないので、その様子を見るのが楽しいと動画で言っていました。
さらにさらに、Yahoo!ニュースに良い記事がありましたので紹介させてください。
すぐに怒鳴る人は幼稚園児と一緒。ひろゆきが説く「怒っている人は“動物”理論」(新R25) - Yahoo!ニュース
すぐに怒鳴る人や簡単に落ちこんでしまう人は幼稚園児くらいの子どもと一緒。 つまるところ、感情と理屈を切り分けられない未熟な人間なんですよね。
僕なんか、そういう「人前でマイナスオーラを出してしまう人」に出会ったときは、相手のことを子どもどころか、ただの動物だと見なしてしまいます。 同じ人間だと思うから、必要以上に相手に寄り添っちゃうと思うんですよね。 相手を動物と見なしたら、「この動物に襲われないためにはどうすればいいか」を冷静に考えてみればいいんです。 そうすると、こういった人との面倒くさいコミュニケーションも、未知の動物とのファーストコンタクトっぽくなって、少し楽しくなりますよ。
「あかの他人とはわかりあえるはずがないよね」と最初からあきらめたうえで、コミュニケーションをとっていくほうが、生きるのはラクになるんじゃないでしょうか。 人に対してイライラしたりするのは、自分の考え方や感性と異なることが原因だと思います。 でも、そもそも「他人とはわかりあえない」と思っていれば、イライラすることもなくなります。 他人とはわかりあえないのが前提になると、相手から攻撃とかされても、イライラすることがなくなります。 こういう人は、もうほぼ動物みたいな感じですよね。 この動物と遭遇しないためにはどうするべきか、みたいに、ロールプレイングゲームで遊んでいるような発想をすると、わりかし楽しいですよ。 相手がもう完全にわかりあえない人だし、わかりたくもないのでしたら、コミュニケーションをとらずに遮断するのも手です。 「他人とわかりあえる」と淡い期待を持たずに生きたほうが、気楽に生きていけます。
~リンク先の記事より抜粋~
たしかに「同じ人間だし、しかも上司だし」と思って接していたので疲れていましたが、怒っている人は動物だと思えば私の上司は動物。気に食わなくてキーキー言ってるんだなぁとかわいくすら思えてきます。(動物のほうが数億倍かわいいけど…)
そして、他人とは分かりあえないのだとすると、上司の思考を理解しきるのは無理だし、私のもやもやも分かってもらうのは無理。それならば、楽しいなと思えることに気持ちを注いで気楽に働こうと思います。とりあえず、明日から私の上司はお猿さんです。お猿さんのほうがお給料もらってるんだと思うと切なくなるけど。面白いお猿さんの動向を見れたら報告しますね。
インターネットがなかったら、こんなふうにひろゆきさんの考えを知ることなんてなかったし、このブログを読んでくださった方も、私が上司を猿だと思って過ごすことを知る由もなかったのです。素晴らしき文明の利器。インターネットありがとう。ひろゆきさんもありがとう。そして、読んでくださった心優しいそこの貴方様もありがとう。
それでは、佳い一日を。